前に
映画とテレビドラマとの違いについて書いたがそのときに少し、映画の方が芸術っぽい表現でテレビドラマの方が解り安すぎる表現のようなことを書いたがすべてがそうだと言うわけではもちろんない。
テレビでも色々と挑戦している人たちもいる。
決してすべてテロップやナレーション、台詞で説明してしまうような安いドラマばかりではない。
映画的表現を駆使したドラマもあればテレビ独特の表現方法を用い新たなるドラマ作りに励んでおられる方々もいよう。
しかし、どうしても人間楽なほうに逃げたがる。
つまらない作品を観たときにこそ改めて自分自身を戒めなければならないだろう。
「映画」は基本何でもありだと思っている。
だが単に「映像」ではない。「映画」と「映像」との違いはそこに何かしらかの人間やドラマ、物語が描かれていることだと思う。
その表現の仕方が難解でもそれは別にいい。
ただ「実験映画」といわれるものに置いては単に「実験映像」だったりする場合もある。
「映像」は更に幅広い。「映像」には物語がなくても人間が表現されていなくてもまったく良い。
だが、そこにも決して人間がいないとわけではない。
その映像をどう撮るかと考えた人間が必ずいるからだ。必ずそこにその人の演出が生まれる。
「実験映画」も「テレビドラマ収録」も「スポーツ中継」もすべて「映像」だ。
「映像」についてまでこの記事で語り出すといつ終るか判らないので話を「映画」に戻す。
「映画」も幅広い。色んな種類、ジャンル、表現方法の作品がある。
その中のひとつに「娯楽映画」と言うものがある。「エンターテイメント」とも言う。
それは前に書いた映画的表現方法を用いて観客を巻き込み心の内側から楽しませる作品。
決して観客に媚びるだけではなく、かと言って「わかるやつだけにわかればよい」と言ったものとも違う。
説明不足はダメだが説明過剰もダメ。
だからこそ「娯楽映画」と言うものは本当に難しい。
「観客の期待に応え予想を裏切る」これが「娯楽映画」の鉄則だと思っている。
最近、テレビドラマのスペシャル版を「映画」と称して「映画館」で上映していることも多い。
テレビドラマはもちろん「娯楽」である。
でも「娯楽映画」じゃない。
昔はテレビシリーズも映画版は映画監督と映画スタッフにお任せしちゃんと「映画」になっていた。
普段見慣れた世界観とちょっと違っていたりして微妙に怖かったりもしたがそういうものこそ後々にまで残っていたりする。
そんな難しいことを言っているわけではない。いつものテレビドラマ制作チームでも「映画でやる意味」を少し考えればすむことだと思う。
「怪物くん」の映画版の方がよっぽど「映画」してたよ(笑)。
怪物くんのお父さんが映画で初めて出てきたときはホント「映画」してた(爆)。
今はテレビスペシャルとなんら変わらないものが「映画館」で流れていることも多い。
「観客の期待に応える」ばかりでなく「予想も裏切って」ほしいな。
そんな中、三池崇史監督と言う生粋の映画監督がかなり頑張ってくれてるね。
当たってるからって三池さんばかりになる映画界もどうかと思うが「娯楽・映画」を濃く作り続けるパワーはホント尊敬します。
「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」「クローズZERO」は「娯楽・映画」しててなかなか面白かったです。
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